金融抑圧で債務安定化を企図?定期預金・債券保有者は大打撃に

更新日:   資産運用・マーケット・経済

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空を見上げる男性

資産運用では株価だけではなく為替も考慮しよう」において、金融抑圧について言及しました。詳細について質問がありました。個人の資産運用においても重要な問題です。金融抑圧の意味、対策についてまとめます。

金融抑圧の意味

金融抑圧とは、政府が膨張した債務の一部を、非常に低い金利でファイナンスできる状況を作り上げることです。単純化すると、高インフレ+人為的低金利で、政府債務の棒引き・実質的な借金返済を図ることです。

欧州危機が勃発した2010年頃から、政府債務問題の対策として講じされるのではないかと浮上した概念です。

ハードな金融抑圧は、例えば国債の金利を固定化したり、金利に上限を設けることです。アメリカも大昔に国債の固定金利制を導入していた時期があります。

例えばインフレ率3%の状況で国債金利を1%に固定化したら、政府債務は自動的に縮小していくことが期待できます。金融抑圧を行うと、政府が増税や歳出削減などの痛みを伴う改革を行うことなく、国家運営をできるようになります。

本来、自然体であるべき国債の金利よりも、実際の国債利回りを人為的に低く抑えることによって、政府は利払いを軽減し、債務残高の増加速度を遅らせたり、場合によって債務残高を縮小させることができます。

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インフレと資産・借金の関係

わかりやすく説明します。例えば、今1億円の現金があるとしましょう。1億円分のモノが買えます。
2%のインフレ率の場合、1年後に1億円では1年前と同じ金額のモノは買えません。同じモノを買うには1億200万円(1億円×2%)が必要になります。

2%のインフレ率が続くと、1億円の価値は1年後には約9800万円に減少します。5年後は約9000万円、10年後は約8200万円、20年後は約6700万円、30年後は約5500万円になります。

資産の実質価値
現在100,000,000
1年後98,039,216
5年後90,573,081
10年後82,034,830
20年後67,297,133
30年後55,207,089

逆に今1億円の借金をしているとしましょう。2%のインフレが続くと、基本的にはその分だけ収入も増えていきます。もちろん個人個人ではインフレでも収入が増えない人もいますが、国全体としてはインフレで名目GDPは増えて税収も増加します。

資産を保有している場合とは逆に、借金をしているとインフレによって借金の実質価値が低下します。2%のインフレ率が続くと、1億円の借金は1年後には実質的には約9800万円に減少します。10年後は約8200万円、30年後は約5500万円になります。

つまり2%のインフレ目標を安定的に達成したら、日本国の1000兆円の借金は実質的には30年後に550兆円に減少すると評価できます。

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金利と資産・借金の関係

今現在、資産を保有している人は、インフレで資産の実質価値が目減りします。しかし、インフレと同じだけ資産運用で収益を上げれば、実質価値は変わりません。

例えばインフレ率2%で資産運用利回りが2%の場合、今の1億円は1年後に1億200万円になり、買えるモノは1年前と同じになります。資産の実質価値は1億円のままです。10年後も20年後も同じです。

しかし、定期預金や個人向け国債100%で運用していたとしましょう。インフレ率2%で資産運用利回りが0.3%の場合は、今の1億円は1年後に1億30万円にしかならず、買えるモノは1年前よりも減ってしまいます。

資産の実質価値が減少しているのです。その分だけ借金している人は楽になります。つまり、「インフレ率>金利」の状況を作ると、定期預金・債券保有者・保険契約者が損をして、日本国政府などの借金をしている主体がお得になります。

ただし、「インフレ率>金利」の状況では、一般論としては株高・円安になることが多いため、株式・投信・ETF・外貨建て資産を保有してる人は、資産の目減りを防ぐどころか、インフレ率以上に大きく収益を上げることができる可能性があります。

2013年以降は金利はインフレ率よりかなり低い状況が続いています。株高・円安は進み、資産構成によって資産価値を保持できたか否かに差が出ています。

インフレ率2%が続いた場合、資産運用利回りが2%・1%・0.3%だと、実質価値がどう推移するのかについて下表にまとめました。

経過年数資産運用利回り
2.0%1.0%0.3%
現在100,000,000100,000,000100,000,000
1年後100,000,00099,019,60898,333,333
5年後100,000,00095,193,21891,939,853
10年後100,000,00090,617,48884,529,366
20年後100,000,00082,115,29271,452,137
30年後100,000,00074,410,81560,398,039

インフレ率2%で金利が0.3%だと30年後に1億円の資産価値は実質的に約4千万円目減りします。逆に借金の負担は実質的に約4千万円目減りします。こういう状況になると日本国政府の債務負担は減少します。

インフレの本質はスローモーションのデフォルト

論者によっては、金融抑圧は、「デフォルト」の一形態と見なす人もいます。ゴールド等の裏づけはない不換紙幣を発行する国家が、形式的には借金(国債)を返済しつつ、実質的に借金の価値を減らしているからです。

「新債券王」の異名を襲名した米国の大手資産運用会社「ダブルライン・キャピタル」のジェフリー・ガンドラックCEOは以下のように述べました。

日本国債のデフォルトはないだろう。インフレの本質はスローモーションのデフォルトだ。年率7%のインフレが続けば、今の100円は10年後に半分に価値が目減りする。政府の実質的な債務負担も半分になる。安易な道だ。犠牲になるのは市民の購買力だ。」

新債券王が言うように、「インフレ率>金利」の状況を作れば、金利で収益を上げている企業や金利生活者の富・購買力をじわじわと国に移転することが可能になるのです。

もちろん、「インフレ率>金利」の状況では経済活性化、景気回復に資するため、経済成長にも資する状況です。アベノミクスや異次元緩和はそれを狙って打ち出されましたね。

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金融抑圧の具体的な手段

金融抑圧による債務安定化は魅力的です。増税や歳出削減は政治的に難しいですが、「貨幣錯覚」という言葉があるようにインフレによるスローモーションの増税はよく理解できない人が多いため、はるかに容易だからです。

また、金利をインフレ率以下に押さえ込むことは、経済活性化や景気対策にもなるため、いわゆるリフレ政策的な観点からも支持を集めやすい側面があります。異次元緩和の表の顔はリフレ・経済活性化政策で、裏の顔は金融抑圧と見えなくもありません。

https://matsunosuke.jp/different-dimension-monetary-easing/

20世紀以降に事例にあった金融抑圧の具体的な手段は以下のとおりです。

(1)金利に上限を設定

国債の円滑消化と金融システムへの悪影響を避けるため、第二次世界大戦後の米国では、米国財務省とFRBが長期金利を2.5%の上限に抑えるためにあらゆる政策が講じられました。

(2)諸々の政策や規制で国債に投資する主体を確保

日本、米国、欧州などで実施されている、中央銀行による量的緩和策や資産購入プログラムや、新興国での資本規制や管理為替制度などです。

その他では、国債購入をより有利にする規制、税制の導入(時価会計停止・非市場性の国債発行・国債購入への優遇税制)などが挙げられています。

金融抑圧のデメリット・リスク

定期預金、国債・社債などの債券購入者、保険契約者はインフレ率以下の運用となることから、インフレ税が直撃して、資産の実質価値が目減りします。

日本の個人向け国債(変動金利10年)は、金利上昇に対して対抗力が強く、また中途解約も直近2回分の金利のマイナスだけで可能であり、金利変動リスクへの耐性・流動性の側面で非常に優れた商品です。しかし、金融抑圧政策を採られると弱いです。

また、金融抑圧は非効率な資本配分が残ったり、低金利によって金融資産が減少して投資が減少したり、各種規制によって投資効率が低下するなどのデメリットがあると言われています。

中長期的スパンにおける成長の阻害、バブルの生成と破裂、制御不能な高インフレ、資本逃避の可能性も出てきます。

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金融抑圧は可能か?

現在は第二次世界大戦前後とは大きく異なり、資本自由化、金融自由化が高度に進んでいます。資本移動に関する規制は原則としてありません。

したがって、金融抑圧の状況では、マイナスの実質金利に直面する預金者・債券保有者・保険契約者は利回りの高い国へ資金をシフトさせる可能性があります。資本逃避です。

しかし、ほとんどの先進国が金融緩和政策で空前の低金利となっています。為替リスクに見合うだけ利回りの高い先進国は存在しません。スイスは10年債ですらマイナス金利になっています。唯一の候補は米国ですが、米国10年債も現時点では2%強にすぎません。

新興国は高利回りの国債もありますが、ロシアやウクライナ・ショック、ブラジル大減速、キプロスの財政破綻などで新興国のクレジット・リスクは強く意識されており、新興国に大々的に資本逃避することは考えがたい状況です。

先進国が一国だけでこのような政策を行うのはハードルが高いですが、ホームバイアスは根強くあることから、どの国も同じような状況だと資本逃避を回避することができます。

また、現在の日本では株式や不動産の大々的なバブルはまだなく、原油価格の下落が僥倖になって、高インフレどころか0%に向けて逆噴射しています。ただし、この物価下落は交易条件が改善して購買力が向上するため、良い物価下落です。石油王への奉納が減ってその分わが国の経済主体がお金を使えるようになる効果があり日本経済にはプラスです。

現在は金融抑圧ないし超低金利のデメリットは顕在化していません。怖いほどに全てが上手くいっている状態です。

今後はインフレ率のオーバーシュート、1980年代後半のようなバブル生成と崩壊などの懸念がありますが、それがなければ金融抑圧が奏功して、高度経済成長、大増税、大幅な歳出削減がなくても、膨大な政府債務をソフトランディングさせられる可能性が出てきます。

個人的には「新債券王」が述べているように、日本の財政破綻はないと考えています。「インフレ率>金利」の状況が長く続き、定期預金・債券への投資が厳しい状況が続く可能性はあるでしょう。

個人レベルでの対策としては、リスク資産の運用スキルの向上が重要になります。

2016年1月29日には、日銀がマイナス金利を導入しました。「金利<インフレ率」の状況がより一層進むことになります。直接的な財産税ではなく、金融抑圧による債務安定化の方向が強まりました。

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